2006年10月29日

アイ,ロボット

irobot.jpg
製作:2004、アメリカ

舞台は2035年のシカゴ、ロボットが当然にように社会に存在する社会。
ストーリーの柱となるのは、ロボット3原則。

1:ロボットは人間に危害を加えてはならない、また人間に危害が加えられようとしているのを見過ごしてはならない
2:ロボットは1条に反しない限り人間から与えられた命令に服従しなければならない
3:ロボットは1条及び2条に反するおそれのない限り自己を守らなければならない

これ自体は、SF作家アイザック・アシモフが考案したのは有名な話。
これをベースに作られた映画らしい。
映画自体はCGがよくできていて良いが、よくあるストーリーだといえる。どのように結末に導くかというヒントをどこに置いていくかが面白い話か、よくある話かの分岐点だと思います。そういう視点で言うと面白い話でした。

ストーリーよりも、ソフト屋を生業にしている自分としては、どうやってロボットに3原則を守らせるのかということが気になるところ。
このルールをロボットのプログラムとして実装するのか、それともハード的に埋め込むのか。ハード的に埋め込むにしても基は人間が作るもの。
絶対などという言葉は存在しないだろう。
しかし、この映画の社会ではロボットは人間に危害を加えないと信用している。
自分の考え方は、人間が作るものに絶対は存在しない。ミスは存在する。どんなに良くできている製品でもバグはあると思っている。
複雑度が増せば増すほどミスだらけ。通常使用においてはミスは顕在化しない。これで現れたら問題だ。思いもよらない条件、タイミングでミスが見ええしまうものだ。「ここでミスしたら致命的だ」という場面でのミスでなければ、よくできていると言えると思う。
あとはミスが発生した場合に、如何にしてミスをリカバリできるかが重要だ。リカバリできなければ、欠陥として認知されるだろう。
ロボットの場合、パワーにしても、計算能力にしても、情報分析にしても、人間より優れている。これがミス・プログラムにより顕在化した場合に、人間は対処できるかというと、ほぼ無理。さらには群れを成したロボットたちには叩きのめされるだけだろう。

これがミスで発生した場合に、どのようにリカバリするかがロボットを進化させるうえでも重要な要件となってくるはず。
ロボットを人間に近づけるということは夢のような話だ。
新たな生命を誕生させるようなものだから、もし作ることができたら、きっと神になった気分になれる。さらにそれらが自分の言葉に従うならば、「新世界の神となる(by 月)」と勘違いするだろう。
でも、きっと、ロボットはさらなる進化を遂げて、よくあるSF映画のように人間に従うことをやめ、独自の世界を形成することになるだろうと考えれる。これがよくあるSFの話だ。
神が人間を作り出したことと同じように、人間がロボットを作り出した場合も同じ道を辿ることになるだろう。
これからロボットの進化が目に見えてくるだろう(もしかしたら仕事でかかわることになるかもね)けど、ミスをリカバリする手法も進化を遂げることを期待したい。

★★★☆☆
ロボットは完璧か!?

アイ,ロボット@映画生活
posted by hir at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(洋画) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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