2007年01月13日

機動戦士ガンダム 逆襲のシャア

逆襲のシャア
皆川ゆかさんの「評伝シャア・アズナブル 《赤い彗星》の軌跡」を読んだのので、どうしても「逆襲のシャア」が見たくなった。

ファースト、Zガンダム、ZZガンダムと進んできた宇宙世紀の歴史の流れに沿った形で語れるこの映画は
いきなり見ると、アクシズとかロンド・ベルとかティターンズとかって何?
って説明が無いので辛くは無いでしょうかね。

子供のころにZ見たときに、ファーストでは連邦v.s.ジオンという判り易い設定だったのに、その流れを汲むZでは、なぜか連邦だと思われる部隊が争っているし、なぜか連邦にシャアが居るし・・・
子供にはさっぱりわからずに、ガンダムから離れたことを思い出す。

大人になって、改めてZを見たときは拒否反応も無く、すんなりと入っていけた。
シャアの歴史として認識ができたからだろうか。
その後、アクシズや、ハマーン・カーンなどで出てきて、最後に「逆襲のシャア」。
ネオ・ジオン総統になったシャアに、またしても拒否反応はがあったが、MSの進化した姿や、戦闘場面の出来の高さに、それはそれとして映画を評価していた。
ただ、舞台設定となる背景が読めずで、いまいち乗り切れない自分がいた。

今回、「評伝シャア・アズナブル 《赤い彗星》の軌跡」を読んで、シャアの歴史を紐解くことができ、背景がわかり、改めて「逆襲のシャア」を見ることで、今までは判らなかった政治的側面だったり、シャアの人間性だったりということを考えながら見ることができた。
ますますシャアが好きになった。
「逆襲のシャア」という話をガンダムの歴史として、自分の中に取り込むことが出来た気がする。

「逆襲のシャア」に出てくるMSのデザインは、変形、合体などに囚われず、あくまでデザインで勝負しているようで、ニューガンダム、リガズイ、サザビー、ヤクトドーガなど、非常にカッコいい物になっている。
サザビーのプラモデル作りたいぜ!!!

★★★★☆
やはりガンダムの歴史はシャアの歴史だ

ラベル:ガンダム シャア
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2007年01月07日

デビルマン

devilman.jpg
製作:2004、日本
これほどまでに衝撃を受けた映画は無いかもしれない。

劇場後悔公開されたときに、原作の良さから、めちゃめちゃ見たかったが、乗り遅れ、そうこうしているうちに不穏な情報が入ってきたので劇場で見ることを止めた。
今回見て、自分の決断が正しかったと確信できた。

これが原作を知らない人だったら、主役陣の眉間にしわを寄せた熱い語り口調を見て、仮面ライダーとか、ヒーロー戦隊系の映画のように見て楽しめたのかも知れない。
が、しかし、すでに原作を読んでいることは捨てれないし、あの衝撃的な原作を無視して映画は映画として楽しむことはできないのです(ノ`△´)ノ

とは言え、CG部分は結構好きです。アモン、サタン、シレーヌとか良いんじゃないですか、フィギュアにしたら欲しい感じです。
でも、それだったらCGじゃないか・・・もしかしてCGいらなかったのでは

ところで、原作でのアモン v.s. シレーヌの場面は好きでした。デーモン同士での悲しいストーリーだったのに。
いつの間にか、シレーヌは消えてしまった( ´△`)
だったら、この場面もいらないのでは・・・

原作自体は、この時代で発表できないようなタブーな表現がいっぱいで、それを忠実に映画化するには無理があると思います。
にしても、いきなりデーモンを未知の生物として、人間に寄生するのはどうなのか。
デーモンと言うんだから、そこは原作のまま乗り移るでいいんじゃないだろうか。
なんか、いろいろな話を導入部だか微妙に変えつつ、中途半端に原作の戻したり、中断したりするの展開はどうなの?
酷評を受けるのももっともでしょう。
同じ永井豪原作のキューティーハニーは面白かったのにな。

☆☆☆☆☆
永井豪が映画化を許した上に、自ら出演している理由が謎だ

デビルマン@映画生活
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2007年01月06日

呪怨2

製作:2003、日本

呪怨 劇場版の続編。
前回も思ったが、結局のところ何が目的だったのかわからず・・・
伽椰子のノートを手渡すところで「リング」がよぎったが、結局、わからず終い。こやつらの目的は何だ??

関わった人間を巻き込んでいくだけ行って、怨念を膨張させていきたいのだろうか。ウィルスみたいなものか・・・

伽椰子の目的みたいなもんが明かされるのかと期待したが、
前作から大差はなかったな。
こんなところからも出てくるんですよ!!って感じ、
あの家だけではないんですよ、伽椰子は!!
ほら、あなたの後ろにも!!!

みたいな恐怖を伝えたかったんだと思われます。
時間軸とか、さらに複雑になったようです。

★☆☆☆☆
だから、どうすれば助けてくれるんですか?

呪怨2@映画生活
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2007年01月01日

鉄コン筋クリート

鉄コン筋クリート
製作:2006、日本

2007 Happy New Year!!(^-^)V
あけましておめでとうございます!!

年越しは如何お過ごしでしたか?
私は、ガシっとジャニーズの番組を見ながら年越。\(*^ ^*)/

年越ライブだったり、サザンの年越ライブを見ながらだったりと、音楽系で年越してますが、2007年はそのようなイベントもTVも無かったので、ジャニーズの年越ライブを見てました。
Kinki Kidsは10周年らしい。マッチや、少年隊もゲスト参加でした(当然、森光子もね(* ̄∇ ̄*))・・・

ともかく、年も明けて、年始め・月始めにあたる1日「映画の日」。
映画を見ようと今年一発目は、松本大洋原作の「鉄コン筋クリート」ヾ(´ー` )ノ

ビッグコミックスピリッツに掲載されていたということだったが、毎週のように読んでるはずなのに記憶が無い (」゜ロ゜)」
よくよく調べると、1993年から1994年にかけて連載だとか。
その頃は、スピリッツはほとんど読んで無い気がする。「ピンポン」 なら好きな漫画だが、その前とはね (>へ<)

原作は読んでないことはしった。それでも、松本大洋の世界が広がっていることは一目瞭然。
DBのようなセリフ無しでも絵だけでストーリーがある程度判断できる、少年マンガに比べて、この人の絵は線が多く、塗っている箇所も少ないので、しっかりと見ないとすぐに理解できない。読むためににはしっかりと立ち向かわなければいけないのである。週刊で読むにはしんどいので、コミックで気合を入れて読み込まなければいけないマンガだ。
そんなだから、世界観にどっぷりと入り込める素晴らしいマンガだ。

この世界で描かれる宝町も40年代の日本のようでもあるし、未来でもあるようだ。少しノスタルジックな世界で、クロとシロは跳んでいる。
子供のときは空を跳べるのではないかと(飛べるではない)思っていた。普通に跳べると。
だからクロも跳んでいる。違和感は無い。そこは不思議ではなく当たり前のことだ。当然のように描かれる場面に親近感を覚えた。すっかり忘れていた思い出のようだ。夢で見た世界を表現していると言っていいかもしれない。
すごく良い。
今回の映画はサラッと見ることができるようにとアニメを選択したが、
サラッとなんてみえない。なかなか重い話だった。空を跳んでいる予告に騙された。クロとシロの世界が、宝町の人々の世界があまりにも切なくて面白かったでは表現できない気持ちになった。
泣けるわけではないが、別の気持ちで胸が熱くなった。

★★★★☆
世界観が伝わってきた。アニメ見て久しぶりに良かったと思えた。

鉄コン筋クリート@映画生活
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2006年12月01日

DEATH NOTE デスノート the Last name

DEATH NOTE.jpg

製作:2006、日本
前編での導入部に対して、月 v.s. Lとの対決の構図が描かれてます。
原作自体は、月 v.s. Lを第一部として、ニア・メロ編に続いて結末と流れるところを映画では、どのように結末を付けるのかが楽しみでした。

もともと原作自体も、月 v.s. Lが終わると、緻密な頭脳戦・心理戦が薄れ、なんか勢いだけで結末に持っていかれた感が否めなかったので、映画ではそのあたりもすっきりとまとめてもらえると面白いだろうなって。
ただ、前編を見て思ったのが、映画で緻密な頭脳戦を描くと、「観客はついて来れない」。見終わってから、「あれって、どういう意味??」という言葉は出てきて、何度も見返す必要がありますね。みんなが見返してくれれば興行的には成功ですが、そんな事は無く、大概は"理解し難い映画"で終わるでしょうね。
前編見たときに、原作は「もっと緻密なのにな」と、"緻密さ"という面白みが表現できずの面が残念でもあり、"映画"という個人の理解度に寄らず話が流れていく面とで仕方なしとの思いが交差してました。
原作は漫画なので、"戻る"ことが個人のペースでできるので、何度も読み返したりしましたから。

後編についても、そのあたりの緻密さは欠けるとして、頭脳戦とか、役者の表情の変化とか、あとは映画オリジナルの部分がどれだけ面白いのか。

まず月 v.s. Lでの"緻密さ"については、楽しみにしていた、出会ってから捜査に加わるまでの心理戦が無かったことが残念です(必要なところはちゃんと描かれていましたが)
あとは、第3のキラへの到達は、いきなり過ぎて驚きです。緻密さの欠片もない・・・月が天才という設定だからと言って、それは良いのか!
この部分の衝撃が強すぎて、他の箇所はすんなりって思いです。

表情で言えば、原作では月が、デスノートの所有権を持つ・持たないで、完全に別人格になるのですが、それを藤原竜也が表現できるのかと言うところですが、やや表情に変化が無かったかなと思われます。
思わぬ発見で言えば、Lが羊羹加えて、グッドのサインを出すところ。
原作Lは実は愛嬌があるのですが、ここまでの内容では見えなかったのですが、この場面だけは松山ケンイチが狙ったのか、愛嬌がありました。良かったです。

そして、オリジナルな結末。なるほど、そのような形を取ったかと原作の結末を壊さず、見事にまとめていました。原作の月 v.s. Lの結末は、L派の自分としては悲しい結果でしたが、映画ではL派の思いを尊重してもらえたと感じました。監督もきっとL派なんでしょう。

前編よりもスピード感があり、長かったですが一気に見れると思いますね。
オリジナルが原作を読んでからも楽しめるストーリーです。

★★★★☆
監禁の場面は別映画だな、あれ。

デスノート the Last name@映画生活
ラベル:デスノート
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2006年11月19日

木更津キャッツアイ ワールドシリーズ

kisarazu.jpg
製作:2006、日本

キャッツ!ニャー!キャッツ!!ニャー!!3年ぶりだぁ〜!!!
ということで、TV放映からオンタイムで見てきて、これで最後だと思うと木更津キャッツアイからの卒業の気分です。

まわりに木更津キャッツアイを語る面々も居ないので、隠れキャッツ・ファンのように息を潜めていました。隠しているわけではないのですが。
語れるのは嫁と、嫁の友人のわずか・・・
そもそも嫁が面白いと、TV版初回を見逃した自分に録画を見せてくれて、それ以来、毎週欠かさず見て、ドラマのDVD−BOXを購入し、「日本シリーズ」も映画館へ足を運び、「日本シリーズ」公式メモリアルブックも買い、当然に今回も
「ワールドシリーズ」公式メモリアルブックを買いました。あのとき嫁がドラマを見てなかったら、「ぶっさん」や「キャッツ」の面々に出会えていなかったかも知れないと思い、話ができる相手が嫁だけでも良いかと思っています。


今回で完結だと思うと、久しぶりに会える喜びもあり、何か寂しいようでもあり、すっきりと終われとの思いもあり、いろいろな思いがありました。
公式メモリアルbox
そんなキャッツも「ぶっさんにちゃんと“ばいばい”言ってねえじゃん」というテーマで始まり、「木更津キャッツアイ」を応援してきた人も「言ってねぇ!!」って事で、
きっちりと終わりを迎えるために準備された映画でした。
これを初めてみる人がどれだけ気に入るのかわからないような作りだと思います。何がなんやらわからないテンションの高い話で、初見の人に面白みがどれだけあるのかは疑問です・・・
今まで見てきた人なら理解できる逸話だらけで、演技とかストーリーとかどうでも良くて、ただただ木更津キャッツアイにまた会えたという同窓会的な気持ちを受けました。
見終わった後は、この映画は新たなファン獲得はどうでもよくて(新たに獲得できたらラッキー!!って感じですね)、長く見守ってきた人に対して、"ぶっさん"との別れに対する区切りを付けさせるための場所なんじゃないだろうかと感じています。

前作「日本シリーズ」では、ただただキャッツを登場させたかっただけの、言わばお祭り的な映画だった。どーでもいい話をキャッツの面々がテンション高くつなぎ合わせて、「はいお終い」的な感じを受けていた。
だが、今回は「野球」という、もともとの背景にあった話を柱に展開され、「"ばいばい"を言う」ということだけにシンプルにまとめられていた。
メンバーは「ぶっさん」という存在にどれだけ頼っていたかを思い知らされ、最後にアニが言う「大丈夫だから」と言葉を発するまでの、様々な思いが自分にも湧き起こり、ジーンときました。
ぶっさんに「ばいばい」を言うときには、自分も心の中で「ばいばい」とメンバーと一緒に、そしてメンバーにも「ばいばい」と言いました。
それに公助だけ、ぶっさんの姿が見えなかった理由もわかり、またしてもジーンときてしまいました。公助自身にはきっと理由はわからなかったと思いますが。
泣ける映画ではないけど、切なくジーンとくる映画でした。

★★★★★
言いたくねぇけど ばいばい

木更津キャッツアイ ワールドシリーズ@映画生活
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2006年11月04日

涙そうそう

涙そうそう.jpg
製作:2006、日本
前から行こうと思っていてやっと観てきた。
観にいこうと思っていた前日だというのに、きらきらアフロで鶴瓶がムカついた話ということで、「涙そうそう」を見たときの話をしたのだが、いきなり映画のラストを物の見事にバラしてくれた。
TVを観てたときは、それほど後は引かないだろうと思ったけど、映画を見終わってから、
何してくれてんねん!(ノ`△´)ノ
って、こみ上げて来た。
(後から知ったことだが、予告編を見たら結末が推測されるよなぁ)

「みゆき」っぽい話かなぁって思っていたけど、男女の愛より、もっと兄妹愛のほうが強い感じだった。ベタな展開なんだけど後味が悪くなく、さっぱりしていた。
映画のサプライズといえば、いきなり達也が出てきたこと。
病院で出会うときの声とシルエットで「もしや達也か!?」と思ったら、その通り。達也の演技はともかく、オーラがある人だから、おぉー!って感じで驚きです。結構、台詞もあったし。♪ (* ̄ー ̄)v

それと、Kyon2(結構なファンです)が、最初の印象から、きっと悪い母親役だと思ったら、良い母親で、これも後味が悪くなくて良かった(^▽^)

感想としては、後味が悪くなくて、さっぱりした展開で安心してみれる映画でしたね。
私的見解ですが、最後の場面は、仮にあのような結末でなくても、洋太郎はきっと最後までカオルには妹として接するのだと思います(接して欲しいです)。「みゆき」の真人のような結末はいらないです。
最後の子供の頃の風景で、「兄弟は結婚できない」と言う洋太郎の言葉の通りの思いだと思いますね。途中でカオルに「一人暮らししろ」と言うのも、「血が繋がった」家族だと信じていると思っていたからこそ、兄と妹でいれたのに、「血が繋がらない」とわかった時点で、それが崩れ男と女と見てしまうのが怖かったのだと思います。真っ直ぐな洋太郎だからこそ、最後まで兄の振りをし続けるだろうと思いたいですね。

あとは、沖縄といえば、ここ数年旅行していませんが、前は毎年訪れていた場所。スクーバダイビングで行っていた。
(今では、すっかりブランクダイバーになりましたが)
きれいな空、海は当然ですが、沖縄に行ったら、訪れて欲しいところが、第一牧志公設市場
映画でも市場が出てきたが(第一牧志公設市場だろうか?)
おばぁも居るし、その場で食べることもできる、楽しい。日本よりも、ワールドを感じられる。
それから、居酒屋。映画でもちょくちょく出ていたが、沖縄料理の店とかよりも沖縄の食べ物に触れられる。いろいろな魚が食べれたり、沖縄の味付けを楽しめたりと飽きません。

「涙そうそう」と言えば、歌手の森山良子さんが、他界した兄を思って書いた詩ということで有名です。この映画を見て、歌詞を改めて読み直し、
古いアルバムめくり ありがとうってつぶやいた
歳を取ると、「人に感謝しなさい」と言われた事の意味をぼんやりと感じるようになりました。この歌詞を聞いてアルバムを見ながら、今までの人に素直に感謝して生きていこうと思いました。
想い出遠くあせても
おもかげ探して よみがえる日は 涙そうそう


★★★★☆
この映画の長澤まさみって、かわいいよな(爆)


涙そうそう@映画生活
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2006年10月31日

呪怨

製作:2002、日本
正直、ホラーって苦手です。
なぜ映画館で見ようと思うのか??
怖がらされて、憔悴のうちに映画館を後にする・・・
爽快感や、満足感、面白さ、喜び、せつなさ、ノスタルジー、どれも持たずに去っていくだけのように思えます。
みんな、何を求めて、怖いものを見たいのでしょうかね ( ´△`) アァ-

そんな思いなのに、なぜこれを見たかというと、
ジャパニーズ・ホラーのメジャー級は外せないということです。
ハリウッドでリメイクもされる代物を日本人が見ていないでは、日本の文化とも言える「呪怨」を外人さんに質問されても答えれないようでは、国際社会では通用しないと思うのです。(ノ`△´)ノ
「呪怨」について意見を求められるようなことは一生ないでしょうが
なので、あえて苦手なものに挑戦です。食わず嫌いではいけません。

で感想ですが、映画自体は、オムニバスのように異なる人物を中心に沿え展開されるのですが、如何せん時間軸がよくわからず、同じ時間なのか、年代が飛んでいるのか判り辛いかったですね。
このオムニバス方式は、実は好きです。短時間で話が切り替わるので集中力が切れません。興味を引く話の集まりであれば、最高です

怖いかどうかというと、ジャパニーズ・ホラーというよりは、アメリカ的な感じでした。
「リング」の姿を見せない心理的恐怖と違って、隠されているものがバンバン姿を現しています。
「リング」は原作本まで読みましたね。怖いよりも先によく作られた話だと感心してしまいました。

結局、何が目的なのか謎のまま終わって行ってしまったという感じです。
(「呪怨2」ではこのあたりが明かされるのでしょうか??)
いかにも怖がらせる演出だらけで、「そりゃ怖いだろ」って言いたくなります。あまり馴染めませんでした・・・

Vシネ版が先あり、そちらのほうが怖いという情報を後から知りました(>へ<)
まだまだ「呪怨2」「THE JUON」を見ないといけません。
Vシネ版はいつか気が向いたら、見ようとしましょうか。

★★☆☆☆
で、どうしたら助けてくれるんでしょうか。



呪怨@映画生活
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2006年10月24日

みんなのいえ

minnanoie.jpg
製作:2001、日本

三谷幸喜のドラマや、舞台は好きです。
軽く笑える感じが好きです。

この映画について言えば、全体を通して流れるゆるやかな音楽や、オレンジがかった映像が、三谷幸喜のゆったりとした流れを表現していたような気がするが、正直、退屈だった。
ココリコ田中の振り回される役どころが面白さを出していたが、だからといって、映画を通してつながりがあるわけではなし。
投げっ放し状態です。次に続くのかと思いきや、二度とその話題は出てこない・・・
見終わったら、あれ、あの結果はどうなったの???
という事がいっぱいです。


家を作ると題材ですが、家はあくまで脇で、あまりクローズアップされませんし、言えば、舞台装置のようです。家を建てる映画なのだから、渡辺篤史呼んで、『建もの探訪』をパロってほしかった。「いや〜、すばらしい!」って。
私はどんな家なのか見たいと思うのに、見せてもらえず、なんか欲求不満です。

ただ感心したのは題名です、「みんなのいえ」
家を建てた人はわかると思いますが、一般な人々にとって家は最大の買い物です。
損をしないためにも、いろんな人に意見を聞いて回りますよ。家族、友人、知人、専門家・・・
だいたい自分のものではないし、文化や習慣、価値観もバラバラ。好き勝手言います。
でも買う本人は真剣なので、これに振り回されるわけです。
たとえ、夫婦であっても価値観が違うので衝突します。真剣になればなるっほど。
案外、ココリコ田中のような、振り回されている役のほうが、周囲が逆にしっかりと決定してくれるようになるので、すんなりと決まるかもしれないです。
で、夫婦の新築でありながら、「みんな」の家になってしまうわけです。
マンションや、建売住居であれば、ある程度の選択肢はあるが、間取りや内装は決まっているわけです。
気苦労しながら「みんな」の家を作るほうがいいか、気苦労せずに「じぶん」の家を作るか、どちらがいいのでしょうか。
ちなみに私はマンションなので、「じぶん」の家ですけど。

★★☆☆☆
若いうちは、親が費用を手伝ってくれるので「みんな」の家にしとくべきです

みんなのいえ@映画生活
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2006年10月16日

フラガール

フラガール.jpg
製作:2006、日本
泣ける映画です。泣かすために作られたといっても過言ではない!
別れの場面が、3回ありますが、最後の先生との別れの場面はいかにも泣かせますよという姿勢が見て取れて非常に作られた感があり興ざめ。
もっとシンプルでいいんじゃないですか、ここまで十分に盛り上げてきているので。そこまでやらなくても、涙腺が弱りきった観客には、十分な涙がこぼれおちる場面ですから。

もっと炭鉱の影が現れても良いかなとおもうけど、プロジェクトXではなく、娯楽作品なので楽しく笑えて、泣けて満足して帰れば良いですよね
ヾ(´ー` )ノ

ということで、人生の岐路というのは大なり小なりありますよね。
進学やら、就職やら、恋愛とか、結婚とかも岐路です。
岐路に立ったときに、ここが勝負どころと気づく嗅覚が必要です。
恋愛なんか、「あのとき、あんな事を言わなければ・・・」とか、後から後悔することばかりです。嗅覚なんか働きません
(;´д` ) トホホ
炭鉱で働く人々も生きていくためにどうするのかを決めなければ乗り遅れてしまうわけです。楽観視することも、悲観視することも本人に決める権利があるわけです。
岐路だと感じると、次に打つ手を悩みます(恋愛は岐路だと思わないので、悩まず指した一手が失敗することがしばしば)。人に決めて欲しいぐらいです。そして、違う道を選べばよかったと思うことがあれば、その人に責任転嫁して、自分は傷つかずにいたいものです。
でもそんなことして一度の人生を後悔しながら過ごすことはできませんよね。だから自分で悩み抜いて決断を出すしかないのです。
フラガールは、趣味で踊っているわけではないのです。生きるため、家族のためにと勇気を出して一歩を踏み出したわけです。

フラガールだけだはなく炭鉱夫も生きていくために、苦しみながら、でも一生懸命に次の一手を生きていく姿も密かに描かれます。
一番見て欲しいのは、最後に豊川悦司が晴れ晴れとした顔で炭鉱に入っていく姿です。別の道を選らぶ人もいれば、そこに留まることを選ぶ道もあるのです。悩みながら次の一手を留まることに決めた顔が、良い顔です。
密かに胸に熱いものが込みあがりました。


★★★★☆
どんな人生を選らぼうとも、一生懸命にがんばる姿に勇気付けられました。

フラガール@映画生活
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2006年08月01日

ゲド戦記

ゲド戦記.jpg
「スタジオ・ジブリ」「宮崎駿」「ル・グインのゲド戦記」、初の監督作品であり、宮崎駿の息子である宮崎吾郎にはあまりにも背負うものが多すぎるのではないですかね。
父親でさえやりたくても果たせなかった念願の企画(といって、途中では、全て要素を盛り込んだので、もう描く必要が無いと突っぱねていたようですが)、あまりにも無謀な挑戦に見えるのに、誰も止めれなかったのか!?

ジブリ作品ではなければ、比較されることは無かったかも知れないが、とにもかくにも「スタジオ・ジブリ」として出るため、過去の作品と比較されてしまうのは仕方が無いことで、あえてそのプレッシャーに立ち向かったことは拍手を送りたいです。監督として世に出る夢があったのなら、最初の一歩を踏み出す必要があります。でも、「ゲド戦記」ではない、別の話なら良いのにとか思ってしまいます。

宮崎駿自ら「ゲド戦記」の要素を、過去の作品至るところに取り入れたと言っているぐらいです。「ゲド戦記」を表現すると、どうしても過去のジブリの作品と比較されるではないですか。似せる気がなったか無かったかは知りませんが、観る人は比較してしまう。
そして、2番煎じと見えてしまい評価は下がりますよね。
実際、絵が荒い気がするし、展開にスピード感がなく、澱んでいる気がしました。ストーリもまとまりが無く、原作を読んでなければ、背景とかつながりとか疑問だらけです。竜との関わりはとか、父親殺す理由もよくわからないし、何を求めているのだろうとか。
子供には何が良かったのかわからないのではないでしょうか。
監督が何を一番に伝えたかったのかがわからなかったですね。


息子が父親を超えていくものですが、宮崎駿という壁はあまりにも高すぎる。まだまだ超えることができない存在だと思われますね。
一番勇気がいる、最初の一歩を、大きなプレッシャーのを背負って立ち向かっていったので、これからはさらに良いものができると期待しています。

★★☆☆☆
父親、凄過ぎ、


ゲド戦記@映画生活

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2006年07月16日

DEATH NOTE デスノート

デスノート.jpg
原作「デスノート」の漫画自体、実は映画が公開されるという情報が世に流れるまで、知らなかった。
漫画喫茶にはよく行くが、昔の漫画を読み漁っていたため、存在に気づかなかった。これだけ漫画が溢れている中、予備知識無しで、手に取ることはなかなか難しいと思っている次第ですが。
とにかく、無知だったわけで、映画が公開されるとなったときに、人気漫画であるという情報が入ってきて、これは読まねばという思いになったわけです。

ただ、あまりに絵が少年ジャンプに似つかわしくないタッチ(苦てな系統です)だったため、正直、食わず嫌いな感も否めません。
にもかかわらず、1巻から心理の読み合いが面白いことと言ったら、ずっぽりのめりこみ、あっという間に大人買いしました。
その頃は、まだ最終巻が発売されてなかったので、待ち遠しいことこの上なく、最終巻、発売、即買いです。
嫁にも映画を見る前に読ませようと薦めたのですが、「心理戦で何度も読まないと混乱するよ」と言ったのが拙かったのか、どうも漫画に手付かずです。嫁を通り越して、映画を見た嫁の友達に貸し出すことはしても、嫁は読む気配さえ見せず・・・とうとう、興味は持ってくれないまま。

そんな事にもめげずにデスノートの映画を見たのですが、ストーリーが漫画ですね。元が漫画なのだから、実写化したときの褒め言葉ではないだろうかと思うのですが、悪い意味でも良い意味でもなく、ただただ漫画です。
(死神が普通に現れる時点で、漫画以外の何ものでも無いですが)

キャストで言えば、夜上月の藤原竜也くんはどうですか?月はもっと大人びた顔でも良かったかなと思いますが、少し幼い顔たちの藤原くんだったので、自分のイメージとは違うが、端正顔だちなので、OKでしょう。次にLの松山ケンイチくんですが、目の下のクマがやりすぎです。普通にやってれば良かったと思うのですが、Lを意識し過ぎな感じです。ですが、他にLが似合いそうな人も浮かばないので、これもOKでしょうか。
それに比べて、エキストラの人々が素人感あり過ぎて、興ざめです(>_<)

今回の映画で期待したのは、やはり、月とLとの心理戦。
原作では、月とLが出会うところでの会話のやり取りが最高です。お互い姿を見せ、会話一つ一つに駆け引きが展開される場面が最高です。
・・・これが無かったのが、非常に残念です。
後編では、この心理戦が繰り広げられることを期待したいですね。

★★★☆☆
天才 v.s. 天才


DEATH NOTE デスノート@映画生活
ラベル:デスノート
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2006年07月15日

日本沈没

日本沈没.jpg
製作:2006、日本

旧作は見た(子供のころに)記憶がありますが、内容は一切忘れております。
小松左京の原作自体は読んでいませんが、今スピリッツで連載中の「日本沈没」は読んでいます。
なので、だいたいのキャラクタ設定は理解しているつもりです。

率直にVFXって、すげぇなぁと。アメリカ映画のようです。
「ありえん」っと思ってしまうこともありますが、そこは映画なので、まぁよしとして、
なんか、何が描きたいのか、よくわからない映画でした。
災害映画により、日本の危機感を示し、現代人に覚悟を促したいのか、それとも単に恋愛映画なのか。

恋愛映画にしては、いきなり盛り上がってるし、途中段階が一切なし。観客は感情の動きについていけないです。唯一救いは、草ナギくんが、柴咲コウを抱かなかったことですね。そこはよく踏みとどまった。 (^^)b

あとは災害映画としては、もっとダークな面が見えてこない。政治にしろ、人間にしろ、ダークのなかの光みたいな物が見えてもよかったんじゃないでしょうか。

映像はよかったけど、ストーリーのまとまりがなかったという感じでしょうか。
そうは言っても、阪神大震災を経験している身としては、「映画」では片付けられないものがありまして、
いざというとき家族と連絡をとるためにはどうしようかとか、いろいろと準備しておこうかなとか、地震大国に住む者としては、注意を喚起させられるわけで、いい映画だったと思えるところです。

★★★☆☆
最後に、 小野寺と結城の名前が呼ばれるところは、何故か胸が熱くなった

日本沈没@映画生活
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2006年02月15日

水の女

水の女.jpg
製作:2002、日本

UAの主演。UAは好きなので、どんなふうになるのか見たかった。
映像は綺麗だった。PVのイメージだな。
UAの自然な感じは出ていたと思うが、ナレーションでUAはしゃべり過ぎ。せっかくの雰囲気だったのに、現実に戻される感じがして残念だ。
残念といえば、浅野忠信とか、絵書きの女とか、なんで関西弁なんだ。
別に関西弁である必要はないと思うんだけど。せっかく浅野忠信の雰囲気が、関西弁を話すことで不自然になってしまった。あ、でもYUKIの関西弁はOKだ。なんか馴染んでいた(ちょっとしか出てなかったから違和感度合いが少なかったのが良かっただけかも)
関西弁を話すキャラである必要があるのなら、浅野忠信ではなく、おさむちゃんのようにしゃべり倒せるような役者を準備する必要があっただろう。何故、関西弁にこだわるのか、それなら、何故、浅野忠信?というところ。

結局のところ、美しい映像を見せたかっただけだろうか。
その割にはこだわった感じは無かった。UAのPVのつもりで作ってくれたほうが、カッコいいものが作れただろうに。

★☆☆☆☆
雨降り過ぎ。そんなに降ったら前見えないので車運転できないよ。

水の女@映画生活
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2006年02月13日

いかレスラー

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製作:2004、日本

プロレス好きの映画で思い出すのが、「MASK DE 41」
自分はプロレス好きではないが、プロレス愛を感じる映画だった。
「いかレスラー」はどんな、プロレス愛を感じるのかと期待していたが、プロレス好きの人は、プロレス愛を感じましたか?
いかレスラーが出てきたとき、「いか」の着ぐるみを着たレスラーだと思ったが、どうもキャラとしては、「いか」そのもののらしい。それに気づくと、なんてバカげた話なのだと、なんてくだらないと可笑しくなった。
これが、リアルな「いか」だったり、演技が上手かったりしたら、もしかしたらほのぼのしたキャラクター映画になったかもしれないけど、着ぐるみだし、棒読み演技だしと、褒めれることはない。ただただ、おバカ映画です。

もっと、様々なプロレス技を出して、「いか」との対決を盛り上げてくれてれば、プロレス愛を感じる作品だと思うのですが、別にプロレスをベースにしなくてもストーリーは成り立つところが、何故プロレスなんだと叫んでしまう。
何故に「いか」?とか、「いか」が普通に生活してるよとか、様々な疑問を解決しようとする人は見てはダメだ。目の前のものを当然として受け入れる人は涙できるかもしれない。

★★☆☆☆
「だって相手はイカなのよ!」。ナンセンスという言葉以外に思いつかない。


いかレスラー@映画生活
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2006年02月12日

地雷を踏んだらサヨウナラ

地雷を踏んだらサヨウナラ.jpg
製作:1999、日本

戦場カメラマン、一ノ瀬泰造役を彼が行方を絶ったまさにその日に生まれ、制作時の年齢が享年と同じという因縁の主演となった浅野忠信が演じる(顔まで似ていると書かれていたが、そう言われて見比べると似てると思えば似てると見えてくる)
「自由と金と栄光」を求めて戦場に飛び込み、数々の経験を重ねて成長していくとストーリーは書かれているが、正直、金や家族に困っていない、平和な国で育った人間が、「自由と金と栄光」のために国から飛び出し、命をかける日本人が居るのだろうかと思ってしまった。死ぬということを意識していなかったのか、死ぬことは思ってみなかったのだろうか。報道関係の人々は使命を感じて戦場の様子を伝えるために赴く。命を懸けてまで伝えるべきことがあるからだろう。その報道により、世界から戦いを止める声となるが届き、一人の行動で何人もの命が救われる可能性もある。「ペンは剣よりも強し」というストーリーなら考えれそうだ。が、「自由と金と栄光」のために命を差し出す思いというのは想像できない気持ちだ。

この映画の伝えたいことは「戦争反対」とか、そういう意図ではないようだ。一人の青年の生きた証を残したかったのかも知れない。ドキュメンタリ映画のようだ。

たんたんと進むストーリー。たんたんとしゃべる浅野忠信はまさに適役です。浅野忠信の好きなところは、いつも役を演じている様子伺えず、自分の言葉でしゃべり、それが役の言葉になってしまうところ。こんなキャラだったのだろうかと思えてきます。
一ノ瀬泰造という戦場カメラマンが、カンボジアに、アンコールワットに何を求めていたのかはわからないが、そこに行ったら何かわかりそうだという言葉が、全てなのかも知れません。一ノ瀬泰造の最後は何か見えたのでしょうか。

★★★☆☆
戦争反対


地雷を踏んだらサヨウナラ@映画生活
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2006年01月31日

血と骨

血と骨.jpg
製作:2004、日本

どうしたものか。ぶっちゃけ困る。見終わった後が悪い。
楽しいものでもないし、泣ける話でもない。かといって安堵するような事もない。こんな奴が周りにいたら困ると思っただけだ。困るどころの話ではないな。

実在の人物をモデルに話が作られたようだが、この主人公の金俊平が何を目指していたのかは、よく判らずだ。原作を読めばわかるのかも知れないが、正直、映画で気分が重くなったので、本を読むとさらに沈んでいく気がする。以前にマンガで描かれていたのを見たので、マンガなら少しは読むことが出来そうな気がする。マンガ喫茶にでも行って読んでこようか。

血と骨というからには、逃げれない家族の絆(ここで言う絆は良い意味ではなく、切りたくても切ることが出来ない繋がり)があり、繋がりが無ければ、とっくに逃げ出していると思う。逃げても連れ戻されることがわかっているので、弱るまで沈黙しているのが賢明なのかもしれない。ただ、あまりに外れすぎているので、この映画を見て教訓となることはないだろう。反面教師にもならない。

今までのビートたけしの役であれば、人間らしさを垣間見ることができ、暴力のなかにも寂しさがあり、それにより救われる内容だった。
当然、別キャラなので役者への勝手なイメージを持ち込むほうが間違ってるのはわかっています。ただ、今までのビートたけしの役柄のイメージが強すぎて、裏に隠された思いを探り、最後は救われたいと思い過ぎて、でも結局、わからずで気分が沈んでいくだけ。なので、見終わった後が悪い。


★★☆☆☆
せめて完全フィクションであれば、救われたのに。

血と骨@映画生活
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2006年01月09日

感染

感染.jpg
製作:2004、日本
中田秀夫、黒沢清、清水崇、落合正幸、鶴田法男、高橋洋の6監督によるホラーレーベル、「J-HORROR THEATER(Jホラーシアター)」による第一弾作品(「予言」との二本立て)。
海外でも大ヒットさせている一瀬プロデューサーの企画作品。
("世にも奇妙な物語"『急患』の映画版らしい。)

映画の解釈については、いろいろと考えて自己完結するようにしているが
(人の意見は聞くが、偏った考えになることを嫌うので、あれこれと思いをめぐらせるほうが楽しいし、その考えを人に押し付ける気もないので、自己完結型です)
解釈に悩む内容だったので、ちょっとネット上の意見を調べてみた。
つまらないとかと言い切ってしまうのも、何なんで。

これという内容は無かったが、なかに参考になる話もあり、それをベースに考えてみた。
解釈に悩むのは現実と虚構の境目が不明瞭なことと、人間と霊の境目が不明瞭なこと。作った者では無いので自由に解釈すれば、全て人間の仕業として解釈することもできるだろうし、逆に全て霊の仕業とすることもできるだろう。

で、考えるに、秋葉(佐藤浩市)の虚構としての内容と考えたが、婦長・塩崎(南果歩)がつぶやく「ごめんなさい」という言葉が引っかかった。
塩崎の罪の意識からの現実回避が伝染し、塩崎の次に、秋葉が虚構の世界に。
意識次第で人間の見えるものは姿を変えるということを前提にした塩崎・秋葉の異常行動としてみた。ただ、霊っぽい赤井(佐野史郎)が登場しているので、意識の感染媒体は、この赤井だった。という話にしてみると、まぁ良いかと満足しました。
これ以上に考えるのは面倒臭いし、意味も得することも無いし。

★★☆☆☆
佐藤浩市さんは、好きな俳優さんの一人です。


感染@映画生活
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2006年01月07日

予言

予言.jpg
製作:2004、日本
中田秀夫、黒沢清、清水崇、落合正幸、鶴田法男、高橋洋の6監督によるホラーレーベル、「J-HORROR THEATER(Jホラーシアター)」による第一弾作品(「感染」との二本立て)。
海外でも大ヒットさせている一瀬プロデューサーの企画作品。

「呪怨」のげんをかついで、タイトルを漢字二文字にする事に少しだけこだわっているとのこと。深い意味は無いし、残りの作品も漢字二文字のタイトルになるかは未定と言っていたが、次は「輪廻」。こだわってるねぇ。

「リング」「呪怨」などのジャパニーズ・ホラーと分類される作品とあって、いかにもってパッケージ。

でもパッケージだけ。
誇大広告じゃないですか!? JAROに電話してください。

これが「世にも奇妙な物語」ならなぁって。
単独映画では、ジャパニーズ・ホラーとしては弱いかなって。
ホラーとして重要な点、「怖い」が無いんです。真綿で締められるような特有な恐怖感が無く、娘を思う父親の気持ちが結末をわからせる。いい話で纏められてしまいました。

「リング」のように謎解きをメインにして、”恐怖新聞”に迫っていく展開のほうが良かったなぁ。
いきなり”恐怖新聞”がいきなり存在しているのがねぇ

★★☆☆☆
パッケージは怖い



予言@映画生活
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2005年12月11日

ALWAYS 三丁目の夕日

always.jpg
製作:2005年、日本
原作はビックコミックオリジナルで30年以上も連載し続けている漫画。


舞台は昭和33年の東京。東京タワーも建造中の最中。
VFXでの東京タワーや、東京の街並みの復元は、すばらしい!

自分はまだまだ生まれてもいない。
小さい頃でも、この映画に出てくる日常風景では無かった。
でもこの映画はどこか懐かしさを感じる。
自分がその時間を過ごしたことがあるかのように胸が郷里を見る思いでいっぱいになる。
やばい・・・
始めから涙を誘う結末が待っている予感だ。

堤真一、薬師丸ひろ子、堀北真希、小雪、吉岡秀隆、子役や、その他の脇をさせる役の人々。
すばらしい。まさに昭和33年に一生懸命に生活している人々を見ているようでした。

ストーリーはよくあるベーシックな展開だ。
最初は閉じこもっていたのに、最後は心を開き受け入れ、辛いこともあるけど、幸せもある。これからも一生懸命頑張って行こう。みたいな。
でも、わかっていても涙が出てくる。
ちょっとした幸せがいっぱい詰め込まれていて、たったそれだけの事なのに。

ちょっとした幸せを幸せだと喜び、正直にぶつかり、素直に感情を表にだす。
昔は、良くも悪くも当たり前だったことが、今は出来なくなった。
信頼があるから言葉だけで解決できた。今は言葉だけだは駄目な事が多い・・・
いろいろなしがらみに固められ、良いか悪いかの境界がわからなくなり、
表に出せなくなったことだらけだ。良くも悪くもある・・・

回顧主義ではないので、昔は良かったなぁとは言わないが、
ちょっとした幸せに、幸せだと思っていた頃もあったと思う。
今は・・・

この映画を見て涙することができるのなら、
ちっぽけな幸せをでも素直に喜べる心がどこかにあるのだろう。
それならば、毎日きっとたくさんの幸せを見つけることができるだろう。


★★★★★
最近、夕日見ていない。まだあんなに綺麗だろうか・・・



ALWAYS 三丁目の夕日@映画生活
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